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escargologie

大阪府箕面市のシェア・フラット「田田庵」のブログ。

原発と放射線について、躊躇いながら、語る(序文的ななにか)

原子力発電所や放射能について語ることは難しい。それらについて語るとき、ぼくはいつもどこかに躊躇いを覚えている。原発や放射能については、あまりにも多くの言説が飛び交い、それらが混ざり合って、ほとんどノイズと区別がつかなくなることすらある。も…

「田田庵的なもの」――フラットであるのとは別の仕方で

先日示した「開かれた住まい」の「安全としての不安定」を見直し、「田田庵的なもの」とはなにかを問いなおす必要性に迫られている。「田田庵的なもの」はしかし、日々の営みの中にすでに流れてもいる。本間直樹氏の文章をきっかけとして、「一回きり」を「…

課せられるものとしての責任と、とるものとしての責任(1)

誰に向けた訳でもない言葉について責任をとるということはほとんど不可能に近い。しかしだからといって、そのような言葉については責任を負えないと云ってしまうことは適切なのだろうか。そのような言葉についても、私はやはり責任を課せられているというべ…

一緒に考えよう ―― 「乱暴だ」という批判の説得性を保つために

Facebook において目にする集団的自衛権についての閣議決定*1についての投稿には、わたしと同じく反対派に分類されるような人によって書かれたものであっても、違和感を覚えるものが少なくない*2。そんななかで、N.M. 氏の 6 月 29 日の投稿に強く訴えかけら…

「人殺しにするために生んだのではない」という言葉に求められる重み

「人殺しにするために生んだのではない」といった言葉によって、反戦を唱える人がいる*1。わたしも反戦主義者であり、現在進行している集団的自衛権の行使を認めるかたちへの憲法解釈の変更には、危機感を覚えているが、しかし、この言葉には違和感を覚えた…

デーモン閣下は「原発推進派」に魂を売っていない

佐々木奎一, 事故後の雑誌「原発・電力業界広告」で稼ぐ著名人ワーストはデーモン閣下、媒体別では「ウェッジ」「週刊新潮」「プレジデント」…,〈My News Japan〉, 2014 年 6 月 6 日. この記事において、デーモン閣下が金に目が眩んで「原発推進派」に魂を…

「景気恢復の恩恵」を困窮している人たちにも

「中流」以上の人たちの多くが、景気恢復の実感をもっており、そのうちの少なくない人たちが、それは自公政権の経済政策のおかげだ、と考えていることは、おそらく否定しがたい。一方で、貧困層にはその恩恵が十分に及ばず、そういった人たちはますます追い…

国民投票法改定へ糾弾はアンフェアだ

美味しんぼの騒動の裏で通過した国民投票法改正案,〈すべては気づき〉, 2014 年 5 月 11 日. 「日本国憲法の改正手続に関する法律*1の一部を改正する法律案」*2が 「美味しんぼ」の鼻血騒動の異様なほどの騒ぎの裏で 通過したことを糾弾するのは、いささかア…