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大阪府箕面市のシェア・フラット「田田庵」のブログ。

現時点での研究の構想について。(テチオ・ザコモッチ)

テチオ・ザコモッチ。大学院生。

はじめに。

この文章は、平成28年度採用分学振特別研究員申請の為の文書を基に、現時点での私の研究構想をまとめたものである。

研究課題名は:
二十世紀革命的保守主義に於けるニーチェニヒリズムの思想的消息。
Zur Genealogie des Gedanken Nietzsches—die Lehre von Nietzsches über den Nihilismus und die Conservateurs Révolutionnaires.
とした。

 学振申請書の構成は次のようになっている。
1.申請者情報等。/2.現在までの研究状況。(即ち、2015年度修士論文までの研究状況のこと。)/3.これからの研究計画。(即ち、博士課程入学以後の博士論文までの研究計画のこと。)/4.研究業績。/5.自己評価。
以下、おおよそこの構成に従って、私の研究の構想を述べていく。

1.現在までの研究状況と修士論文までの計画。

①現在の研究状況、その背景と特徴と。

  • 背景「果たして目的は手段を正当化するのか Heiligt aber Zweck das Mittel? 」。これはかなり使い古されたマキャベリ主義的定式であるが、現代でもしばしば問題とされる。然う問う時人は、大体において「否」という答を予め前提して居る。曰く、「いくら理念が正しかったとしてもやり方が間違っていたら意味がない」云々。曰く、「目的と手段とは一致して居なければならず」云々。然し乍その際人は、既存の道徳概念にとらわれて思考していることに気付いては居ないのではないか。何故ならば、目的の達成の為に最上の手段を選ぶということを考える際に手段を問題にするとすれば、より良く適切な手段があるかどうかのみであり、その意味で閒違った手段も目的と一致せぬ手段などというものも有得ず、有得るとすれば唯既存の常識、道徳、法慣習による価値判断を密輸入することによるのみだからだ。意図的であるならばまだしも、意図せず上のような言い方で以て批判せんとするは滑稽である。

  • 問題点斯うした問題を考える際に重要となる思想家は幾らもあろうが、歴史的インパクトを鑑みればFriedrich NIETZSCHE(1844-1900)を避けることは出来ない。例えばニーチェツァラトゥストラに次のように語らせる。

    汝らは言ふ、――善き理由は戰爭をすら神聖ならしむる、と。しかし、我は言ふ、――良き戰爭は如何なる理由をも神聖ならしむる、と。(『ツァラトゥストラかく語りき』第一部「戦争と戦士とについて」より。訳は適宜補正。)

    ドイツ文学者、文筆家、評論家でありニーチェの翻訳者でもある竹山道雄(1903-1984)はこの一節に注釈を付けて次の様に言う。

  • 多く論議されるように、これらの言葉が純粋に精神的領域に於ける闘争に関してのみ言われたのか、あるいは現実の戦争に関して言われたのか、にわかに決め難い。いずれにしても、この戦いのための戦い、新鮮なよろこばしい戦闘的勇気を正義以上の至上の位置におくという傾向は、古代以来ゲルマン人の性格であり、また現代に及ぼしたニーチェの影響のおそるべく破壊的な半面であることは、(ニーチェ自身の主張は高貴な意義のものであるとするも)現実の事実として否定できない。(ニーチェツァラトゥストラかく語りき』上巻109-110頁、新潮文庫、昭和二十八年。)

    ツァラトゥストラは戦士に向けて徹底的に戦うことを最良の手段として促している。但し、(例えば20世紀の二つの世界大戦のような現実的な戦争をニーチェの思想が引き出してしまったことは否めないが、)ニーチェにおいて「戦争」とは飽くまでも「(主として精神的道徳的な)戦い」について言われている。(同書109頁の注1参照。)斯う解釈する竹山は手段に対して或種の前提を適用しているのだろうか。

  • 目的かつ独創竹山はここで現実的な戦争とニーチェ思想における戦争とを峻別せんとするが、そして恐らく大多数のニーチェ研究者は、竹山よりもはっきりとした区別をニーチェと二つの大戦との間に設けようとするのであるが、まさにそうした区別を批判的に問い直すことこそが本研究のである。即ち、寧ろ二つの大戦を巡る思索の只中にニーチェを置き直し、ニーチェを巡る問題として両大戦の思索を試みる事。

  • 解決方策本研究を進めるに当たり、最重要となるのはMartin HEIDEGGER(1889-1976)と Ernst JÜNGER(1895-1998)との思想的対決であるのは疑い得ない。この、20世紀の生んだ二人の思想的巨人は世界大戦を含みこんだ20世紀という時代の現実とその思想とをニーチェの名の下に思索し対決したのである。そこにおいては、竹山の設けたような、戦争における精神的現実的の区別などは最早問題となっていない。寧ろ問題は、戦争における勝利Siegとは何か、人類は何を獲得するsiegenのか、是である。

    象徴的な出来事はお互いの60歳を祝う論集において交されたニーチェを巡る対決である。ハイデガーの為の記念論集にユンガーが寄稿したÜber die Linie(「この線を越えて」)とユンガーの為の記念論集にハイデガーが寄稿したÜber „die Linie“(「〈線〉について」)とが相似た題名であるのは勿論偶然ではない。ユンガーは自身の直観し把握している歴史の変わり目、即ちニーチェによって提示されたニヒリズムの境域、それを越えていく仕方を論じる。対してハイデガーが問うのはまさにその線の在り方なのであり、その線上に留まって思索する必要性を論じる。(ハイデガーはユンガーのüber をhinüber, trans, μετάとして理解し、自身のüberをde, περίとして理解する――おそらくvonを補足してもよい。)ニヒリズムの徹底と超克という点で両者は一致するものの、その仕方における差異が問題なのだ。

  • 方法ニヒリズムの認識とその超克とを思索する際に、ニーチェ遺稿集としての『権力への意志』『生成の無垢』という書物は欠かすことの出来ない視点を与えているがゆえに、この書物の検討が先づ為されなければならない。何となれば、ニヒリズムの乗り越えという視点は、両者の正しく指摘する様に、まさに『権力への意志』で中心的モチーフを成しているし、ニーチェを通して、ニヒリズムの現実的徹底としての世界大戦を観るボイムラー(ニーチェ遺稿集編者でもある。1887-1968)の編んだ『生成の無垢』は、ボイムラーのニーチェ観を実証するための書物ともなるのだが、ハイデガー・ユンガーのように解釈する為の土台をニーチェ研究者の立場から提示したものでもあるからだ。(Alfred BAEUMLER, Nietzsche, der Philosoph und Politiker, Leibzig, 1931はニーチェの中に「世界大戦の精神」なるものを見出さんとする書物である。)無論現行版ニーチェ全集との照合は為されなければならない。時系列順に断片を並べてあるこの全集において、ニーチェが思索した順番を一つの文脈として構成し照合するという作業を通してハイデガー・ユンガーへの批判的な視点を一方で確保するのである。その視点を基にして両者のニヒリズム理解は比較検討されなければならない。(ニヒリズム解釈について、ハイデガーからはNietzsche, Über „die Linie“ 、ユンガーからはArbeiter, Über die Linie 、ニーチェからはAlso sprach Zarathustra, Der Wille zur Macht, Die Unschuld des Werdens, Kritische Gesamtausgabeが基本文献となる。)

    修士論文の構成は次のようにならなければならない。序章において竹山が微かに認め、ボイムラーが大いに認める、ニーチェニヒリズムの破壊的な側面を確認する。第一章はユンガーによるニヒリズム理解を、第二章はハイデガーニヒリズム理解を検討する。第一章第二章は両者の対決の様相を為さなければならない。第三章にてニーチェニヒリズム理解が示す予見と、ニーチェが必ずしもはっきりと見ていたわけではない二十世紀の大戦とが、ハイデガー・ユンガー間の対決において結び合わされる。この或種のアナクロニズムを通して得られる結論において、ニーチェ思想の破壊的影響力の姿が示される。

②これまでの研究経過(番号にて研究業績を指示する。)

永遠回帰」は既存の諸道徳、諸目的論を失効させる必然性の思想だが、或種の倫理を描いてもいる。必然的世界における倫理という問題意識の下共同発表⑤を行った。「生成に存在の性格を刻印する。」この有名な命題の前奏として、多種雑多なドイツに文化的統一を齎そうとした前期ニーチェの文化批判を捉える発表⑥を行った。ニーチェの道徳批判の土台には文化批判がある。冷笑主義を伴った雑多な価値観としての文化を徹底的に根絶しようとする意志にニーチェは統一的な文化を建立する倫理を認めたのである。論文①にてそれを主張した。ニーチェは思想の皮相的な伝達を拒否し寧ろそれを斥ける倫理で読者を訓育しようとしている。それを思想的グローバル化の批判による、別のグローバル化だとして発表②③⑦で主張した。ニーチェの思索には歴史の転倒即ちアナクロニズムがある。その必然性を発表④にて考察した。 

2.博士論文までの計画。

これからの研究の背景、取り組むべき課題。

  • 着想の経緯ユンガー、Julius EVOLA(1898-1974)、Pierre DRIEU LA ROCHELLE(1893-1945)といった所謂保守革命戦争の精神的推進者の影響下でNouvelle Droite 新右翼という政治運動を率いている政治的活動家であり、ニーチェニヒリズムの問題を、やはりハイデガー・ユンガーの対決を通して捉え、最重要課題としている哲学者Alain DE BENOIST(1943-)は、或るニーチェ研究サークルの用意した質問表に答えて言う。 « L’une de ses caractéristiques [......] est qu’il n’a pas seulement influencé des penseurs, mais aussi des écrivains, des artistes, des hommes d’action. » 「[ニーチェの]特徴の一は思想家のみならず、作家・芸術家・活動家にまでも影響を及ぼしてきたというものです。」(2009年1月28日回答。)
  • 背景思想家ハイデガー、作家ユンガー、ドリゥ、詩人エヴォラそして活動家たる自分自身が念頭にあったのだろうが、思想の受容ということを考える際に上で設けたような類型的区分は確かに有効である。これだけの人物にニーチェという名前が刻まれていることは驚きである。勿論これらの人物とは思想的に対立する立場にある左翼的なニーチェ解釈者も居る。(左翼活動家だったバタイユなどを考えればよい。)
  • 問題点、解決すべき点ニーチェの受容において、解釈者の立場をはっきりと分ける境界線を考える時、先づは「戦争」という概念の理解の仕方にかかっていると考えることが出来る。即ち、「ニヒリズムの超克」、という概念を現実的な戦争を含みこんで理解し、しかもそうした現実的なものを含む戦争の徹底こそが課題であるとするかどうかである。具体的に言えば、例えばユンガーのいうようなDer Kampf als inneres Erlebnis内的体験としての戦闘という概念が思考できるかどうか。Georges BATAILLE(1897-1962)のl’expérience interieureを意識した言葉遣いであるが、意味合いはだいぶ異なる。その違いは、先に挙げた竹山が設けたような精神的な戦争と現実的な戦争との区別を念頭に置けばよい。ユンガーの考えているのは、現実的戦争が内的に体験されるということであり、現実的な戦争においてこそ、謂わば精神的な意義が生じるということである。ここに私は、ニーチェ言うところの戦争Kriegがどれ程の射程を持ちうるのか、二十世紀というニヒリズムの時代をどれほど測れているのかを明らかにせねばならない。修士論文で得られる成果を踏まえつつ、ハイデガー、ユンガー、エヴォラ、ドリゥの捉える戦争概念を比較検討する。

研究目的、研究方法、研究内容。

本研究の目的はニーチェ思想が二十世紀においていかなる仕方で結実したのか、その深さを、精神的領域のみならず、物質的領域をも含みこむ形で測ることで、ニーチェ思想の力能を明らかにすることである。其の為に私は、その物質的領域に於ける戦争を徹底する者達の精神が同時に精神的領域においても徹底していた戦争の姿を捉えなければならない。その上で、ニーチェニヒリズムの消息を確認し、ニーチェの思索の文脈に置き戻すといった仕方で、ニーチェにおけるニヒリズムの理解と受容者達におけるニヒリズムの理解とを比較検討する。

ニヒリズムの徹底を通してのニヒリズムの克服。こうしたニーチェ的な思想が革命的保守といわれるような人物たちを触発するのは当然のことである。こうした問題意識に見られるのは、まさしく統一への意志、新たに一なる価値観への意志なのであって、それはまさしく保守革命の眼目だからだ。 « des conservateurs révolutionnaires, désireux de sauvegarder des valeurs qu’ils jugeaient éternelles » . 「革命的保守主義者、(それは)彼ら自身が永遠と判断した所の価値観を保持せんと焦がれる者達である」。(DE BENOIST, « Ernst Jünger, Pierre Drieu la Rochelle »より。)

所で、先に挙げた四人の思索者達であるが、全員が時代の歴史的出来事としてのニヒリズムの問題をニーチェの名の下に、触発されながら考察したのであるが、その受容の仕方は様々であり、一様ではない。ハイデガーナチスに接近し、ユンガーはナチスから距離をとる。ドリゥはファシズムを通して世界を見、ナチス・ドイツの賛同者でもあったが夢破れて自殺。エヴォラは反ファシズムの立場にありながら戦争志願者であり、にも拘らずナチス的遺伝理論家たちと交流して自身の雑誌Sangue e Spiritoの為の支援を受けたりもしている。
ドイツ・ナチズムとイタリア・ファシズム、フランス・ファシズムとに様々な差異があるとしても、交流があり、互いに意見も交し合っている、そういう意味で仲間と言い得るような者達の間でこれだけの違いが表れるのは、やはり奇妙であろう。(上に挙げた四人のうち、ハイデガーには戦場経験はなく彼の知るのは謂わば銃後という戦争体験である。それゆえ、ということもあるのだろうが、ユンガーほどにドリゥ・エヴォラと交流のあったわけではない。この三人にはお互い戦場の最前線に居た、という貴重な体験を共有しているのだ。然し乍、ハイデガー・ユンガー間の思想的交流は、先にも述べたとおり依然として極めて重要である。)

こうした受容者たちの態度における差異が一体いかにして生じているのか。本研究はそれを明らかにするべく、四人がニーチェの思想的後継者であるということと、上で概略したような態度の表れとの間にどのような関係があるのかをつぶさに見ていく。つまり、ニーチェ主義者であるということがどれだけその態度に影響しているのか、他からの作用はあるのか、あるとしてどのようにあるのかを検討していく。(その結果各人の独自性が見えてくることもあろう。)

読むべきは主に戦時中に書かれた日記である。それとの関係で他の著作群は見られなければならない。戦争の内的体験が問題とならねばならないのだ。幸い、ハイデガー、ユンガーには全集があり、ドリゥにはGallimardから出版された日記、pléiade版著作集がある。エヴォラの日記も出版されている。エヴォラの著作に関しては日本ではあまり手に入らないものが多い。勿論予算が許せば、出版元に直接コンタクトを取って情報を入手し、現地即ちイタリアで探すという方法もある。又、先に挙げたブヌワやJulien HERVIER(1936-)など、原本を持っていそうな人物にコピーをお願いするなどといった方法もある。(エルヴィエはユンガー及びドリゥの研究者であり、ゲルマニストとして主にユンガーの、又ニーチェハイデガーの翻訳も手がけている。因みにユンガードリゥ両者の著作がプレイヤードに入ったのにはエルヴィエの功績が大きい。ブヌワはニーチェ研究からキャリアを初めユンガーの思想的後継者として新右翼政治運動も率いている。同時に保守革命の理論家として、ドリゥ、エヴォラの研究もしている。本研究着想のきっかけともなった所以である。)

日記以外でとりわけ読む必要があるのは、ハイデガーではÜber « die Linie », 1955, エルンスト・ユンガーに寄せた覚書、ハイデガーユンガー往復書簡がある。ユンガーではハイデガー、ドリゥ、エヴォラと交わした書簡、Der Kampf als inneres Erlebnis, 1922を中心に, Feuer und Blut,1925, Der Arbeiter—Herrschaft und Gestalt, 1932 Geheimnisse der Sprache, 1934, Über den Schmerz, 1934, Der Waldgang, 1951, Eumeswil, 1977 を。ドリゥは、La comédie de Charleroi, 1934 を中心として、Gilles, 1939, Un homme couvert de femmes, 1943など。エヴォラは、Rivolta contro il mondo moderno, 1934, を中心としてL’ « Operaio » nel pensiero di Ernst Juenger, 1960, Il Fascismo. Saggio di una analisi critica dal punto di vista della destra, 1964, Il nichilismo attivo di Federico Nietzsche, 1978 を検討する。

尚、こうした人物の脈絡は、主にブヌワ、エルヴィエなどの保守革命理論の研究を追うことで見えてきたことである。従ってこうした論者がどのような立場にあるのかには注意を払う必要がある。この点を踏まえながら、思想的連関、思想的消息を追う。

研究の特色、独創性

本研究の特色は、そのアナクロニズムにあるだろう。常識的には思想、概念の研究をする際には、当該の思想かの過去からの影響は考慮するとも、主に未来への影響から概念を解釈しようとすることはあまりない。それを転倒させる様な研究があれば――時代錯誤として非難されるのが普通である。然しこれも常識的な見解として、思想家が歴史とどのような関係を取り結ぶか、即ち歴史に影響を与え歴史から影響を被るのか、これは各思想家ごとで異なるのであり、この異なることこそが思想家の独自性である筈だ。

ニーチェ思想を眺めるに、ニーチェはこの歴史との関係性を常に意識して著作活動をしてきていることがわかる。『悲劇の誕生』は同時代人への挑発の書である。人はこの書物によって、或いはニーチェから離れ、或いはニーチェに引き寄せられた。主著『ツァラトゥストラ』は人々の反応を見ながら書かれた物であり、第四部でツァラトゥストラに語らせているように、ニーチェはこの書物によって世に蜜で以て人釣りをせんと待っている。続く『善悪の彼岸』は道徳批判の色合いも多分にあるが、副題にある通り、「将来の哲学に寄せる序曲」である。ニーチェの語る将来へと人々を誘うのである。『道徳の系譜』は「或反駁の書」と副題はなっているが、この第三部にてニヒリズムの問題がはっきりと告知されている。ここからはっきりすることは、ニーチェにおいては、同時代の批判は同時にニヒリズムの問題であり、批判の中に新たな価値観の発生を捉えんとしているのだ。(バクーニンの「破壊への情熱は是創造への情熱に他ならない」といった命題を思い浮かべても良い。バクーニンは創造の為の破壊であるが、ニーチェにおいては破壊することがすでに創造である。簡単に言えばニーチェニヒリズムとは、寧ろ無を欲するVernichten殲滅の徹底なのであり、茲に重要なのは、無への意志である。この意志の有り様が既にして新たな価値観を基礎付けるのであって、先の命題を徹底したものである。)

ニーチェは『系譜』でニヒリズムの到来を告知し、『この人を見よ』ではこれを人類全体の向こう二世紀に亘る課題として投げかける。本研究はそのようなニーチェの要請に答えんとする試みである。同時に、思想解釈の有り方としてのアナクロニズムを世に問うことになり、概念の明晰化、問題化そして解答といったFAQに明け暮れる研究に対し、別の研究の仕方を提起する。本研究の成功は多大なるインパクトを引き起こす筈だ。

三年間の研究の年次計画。

(1年目)
2015年度の研究成果を「「線」について――ニーチェニヒリズムの問題」として第69回関西哲学会にて口頭発表する。また、ユンガーにおける「戦争の内的体験」という概念について考察を深め、「戦争とニヒリズム――ユンガーの場合」として第26回ショーペンハウアー協会ニーチェセミナーにて口頭発表する。
(2年目)
ドリゥにおける戦争体験について、やはりニーチェ研究の立場から考察する。その成果を第70回関西倫理学会にて「兵士としての生と禁欲主義的倫理と――ドリゥの信仰と戦争の倫理との一致について」として報告する。ニヒリズムの問題の現実的位相として戦争を考えることができるならば、そこに精神的な意義として貫かれている倫理を見出すことができるはずである。ユンガーの場合には、これをニーチェニヒリズムの実践的解釈として体験したのである。この考察を「ユンガーにおけるニヒリズムニーチェ」としてショーペンハウアー協会機関誌『ショーペンハウアー研究 23号』に投稿する。
(3年目)(DC2申請者は記入しないでください。)
エヴォラにおける戦争体験とニーチェとの関係を考察する。エヴォラからすればニーチェには超越的なものの感得がなかったのだが、エヴォラはニーチェからどのように超え出たのかそれを明らかにすべく考察し、その成果を「ニーチェを超えて――エヴォラにおける超越性」として2018年度日本哲学会にて口頭発表する。  ドリゥにおいて、近代戦における殲滅的な攻撃は神の啓示に等しいものであった。これにドリゥは物質に対する禁欲の徹底を見た。ニーチェにおいてニヒリズムと結びついている禁欲主義的理想は、その典型をこうしてドリゥに見ることが出来る。その考察の成果を「ドリゥの禁欲主義――ニーチェニヒリズムの様相を巡って」として2018年度秋季日仏哲学会にて口頭発表する。 ニーチェにおけるニヒリズムにおける、殲滅への意志としての創造への意志、という様相を目的論の失効を旨とする限りでの永遠回帰思想の問題に含みこみ、かつユンガーを事例として永遠回帰の解釈を試みる。この成果を「ニヒリズム永遠回帰思想と――ユンガーを巡って」として日本哲学会機関紙『哲学 69号』に投稿する。  以上行った研究をまとめ、「ニーチェ思想の消息――ニヒリズムと戦争の倫理」として博士論文を作成する。

3.これまでの研究業績について。

一。学術雑誌に発表した論文。

  1. テチオ「文化を巡って――『生に対する歴史の利と害について』における文化批判の位置付け」、『哲学の探求』、哲学若手研究者フォーラム、40号、149-161頁、2013年。(査読無し。)

二。学術雑誌等又は商業誌における解説、総説。

なし。

三。国際会議における発表。

  1. ○Tizio, Can Globalists read Nietzsche ‘well’ ?, Shifting Paradigms?—How the Humanities and Social Sciences Approach the Social and Cultural Changes in the Age of Globalisation, Osaka, May 2013. (Without peer review.)
  2. ○Tizio, Can Globalists read Nietzsche ‘well’ ?—the possibility of ‘Alter-Globalism’, HeKKSaGOn Student Workshop, Heidelberg, September 2013. (Without peer review.)
  3. ○Tizio, « La machine nietzschéenne » et la lecture cyclique, anachronique et historique chez Nietzsche—selon Bernard Pautrat, Versions du Soleil, Congrès collaboratoire de Philosophie et de Littérature, Osaka, mars 2014. (Sans évaluation par les pairs.)

四。国内学会・シンポジウム等における発表。

  1. ○テチオ他「命法なき規範はいかにして可能か」、第七回哲学ワークショップ、大阪、2012年7月。(査読無し。
  2. ○テチオ「生成と存在、あるいは物語としての歴史と出来事としての歴史」、2012年度哲学若手研究者フォーラム、東京、2012年7月。(査読無し。)
  3. ○Tizio, Can Globalists read Nietzsche ‘well’?—or the possibility of ‘Alter-Globalism’ suggested by Nietzsche, 文芸学研究会、大阪、2013年12月。(査読無し。)
  4. ○テチオ「共有空間の象徴概念としての〈修道院〉」、第一回野良研「野良研――生活と〈学問の自治〉――」、大阪、2015年4月。(査読無し。)