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escargologie

大阪府箕面市のシェア・フラット「田田庵」のブログ。

韓国研修旅行の報告――ソウルのスユノモ N での研究会と周辺の施設について感じたこと

一徳 シェア・スペイス

●スユノモ N について

「スユノモ N」銘版

スユノモ N*1ノマドの N)はとても広くてきれいな空間だった。雑居ビルの 4 階と 5 階にあって、下の階はビリヤード場と焼き肉屋だった。初めて僕が入った時は、ちょうど日が暮れる頃だったので、炊事場で夕食の準備が行われていた。当番制で夕食を作って、みんなで食べるそうだ。僕らもいただこうかと思ったが、そんなにたくさん量を作っていなかったようなので、近くの中華料理屋に連れて行ってもらった。もちろん奢ってもらったのだ。

スユノモ N での講演会の様子

講演会中に出されていた食事

夕食の後 19:30 から講演会が始まった。講演会は一番大きな部屋で行われた。スユノモ N は 4 階に大きな部屋と 6 帖ほどの炊事場と 10 帖くらいの事務室、女子トイレがあり、5 階に中くらいの部屋( 6 帖くらいで静かに勉強できる部屋や、少人数での会議の部屋だと思う)が 4 つほどと、男子トイレがあった。

全体的にきれいで殺風景な感じだ。本が並べてある、茶器などがならべてある。最近いろいろと装飾しようとして壁に絵を描いたりしてみているそうだが、不評を言うメンバーもいるそうだ。

運営については委員会のようなものが作られており、それぞれ最低限の出資義務のようなものを負っているそうだ。意思決定は週に一度、月に一度(規模が違うらしい)の会議で話し合う。基本的には多数決はせずに、納得のいくまで話し合うのだという。納得のいかなかったメンバーが分離して他の団体をつくったこともある。のちに訪問するスユノモRもその一つだ。

備忘録 スユノモN運営方法の継承について

僕の予想だが、上のような意思決定の方法は、スユノモができた当初からあったものではないだろうと思う。少人数の形成されつつある集団にとって、納得いくまで話し合うことは、集団そのものが機能停止する危機であるからだ。

ある程度の勢力を持つ集団においては、話し合いで折り合いがつかなくて分裂したとしても、分裂は危機ではなく、むしろ集団にとって良い方向に向くかもしれない。

付録

なぜ上のようなことを思ったかというと、僕がスユモノで見せてもらった資料(スユモノのようなコミュニティをつくるためのセミナーのまとめ資料)を見せてもらった時に、そこに書いてあったことが現在のスユノモ N の運営方法のように見えたからである。現在のスユノモ N の運営方法はうまい方法だとおもう。しかしはじめから今の方法で運営を行っていたら、このような空間はできていなかっただろう。現在のスユモノ N には、昔のスユモノ、分裂前のスユモノがあるように感じた。それはスユノモ R に行った時も感じた。これらは今は違うものなのだが、昔は同じであったことを感じさ

せるようなものだった。つまり現状を認識するためには、現状を観察するだけでは不十分だということを思ったのだ。現状を理解するためには、それがどのように現状に至ったのかという経緯を観察することが重要だと思った。

備忘録 2

最終日の打ち上げパーティではピザの宅配を頼んでいた。チキンも付いてきた。おいしかった。

●研究会について

研究会での話は、とても興味深いものだった。全般的に読み上げが多く、あまりまじめに聞いていなかったが、大まかに感じたことは差別の間に言葉を見つけようとする試みのようなものだった。言葉では言い表せるか表せないかの間に言葉を見つけるというような、それが知だというような、、何とも意味不明な文章だが、意味不明な発表だったのだ(とおもわれる)

●スユノモ R

スユノモ R 外観

スユノモ R*2(レボリューションの R)は N よりはこじんまりとしたスペースだったがまぁ立派なものだった。ここもまた雑居ビルの 2 階である。N はホンデという大学も近く、若者の多い街にあるのに対して、R はヘバンチョン(解放村)という昔ながらの建物が並ぶ街にある。ここでも昼夜は当番制で共同炊事を行っていて、僕らもいくらかお世話になった。

スユノモ R 内観

滞在先の近くということもあってちょくちょく寄っていたが、朝から分厚い本を広げて本を読む人や、何やら難しそうな文章(ハングルだからどのみちわからない)を書いている人がいた。ここに長くいる人に簡単に施設について案内してもらった。RではNに比べ文学を学んでいる人が多く、芸術のワークショップなどが開かれる。ワークショップの内容も講義型ではなく議論型のものが多いらしい。運営方法は概ねNと変わらなかったが、絵が飾ってあったり、木や花があったり、家具が手作りであったのがいる人々や、そこの利用者たちを想像させ、好感を持った。分裂してしかるべきだったのかもしれないと思った。

●ピンジップ(空の家)

韓流りべるたんといったところだと思う。おおらかで心休まる場所だった。気を使わなさ過ぎて、迷惑をかけてしまった気がする。そんなことをしてしまうくらい居心地が良かった。

説明が足りないので、もう少し書くことにする。何人かで共同運営されており、現在では周辺に全部で 4 件の家を借りているらしい。週に1回の家ごとの集会、月に一度の全体での集会があるらしい。面白いと思ったのが、その会議で住む家が変わったりするということだ。

住んでいる人たちも、午前 3 時ごろに帰ってもまだチェスをしていたり、延々とネトゲしながら自家製のビールを飲んでいたり、明け方まで韓国の歴史などをレクチャーしてくれたりと、楽しい人とたちであった。近くにコミュニティで運営するカフェもあった。立派なものだった。一時期は何かで話題になり、多い時には 20 件くらいの物件を抱えていたらしい。

●雑感

コミュニティの力を感じた。やはり集団で何かをするというのはパワフルでスケールが大きい。

(一徳*3